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あの店に彼がいるそうです

第10章 最悪の褒め言葉です

「鵜亥はんの考えてることがわからへん」
 黒革のハンドルにもたれかかり、意味もなく銀の指輪に飾られた指でトントンと叩きながら溢す。
 目線は目の前の車にいる宮内瑞希とやらに話しかけている上司をピタリと捕らえて。
「そんなん今更やがな」
 後ろの席でスマフォを弄りながら黒スーツの男が吐き捨てた。
「堺の頃からずっと右腕だった汐野はんすらわからんのやったら誰もわからんやろな」
 クックと笑う男をミラー越しに睨むが、すぐに鵜亥に視線を戻す。
 オレの時もこうやったんやろか。
 汐野はぼんやりと考えた。
 あの泥にまみれた工場裏ですがりついたオレを拾ってくれたんも、誰にもわからん気紛れやったんか。
 今年で二十七になる汐野。
 対する鵜亥は三十六。
 十二年になんのやな。
 トントン……
 指は絶え間なくリズムを刻む。
 中坊のオレが買った喧嘩で半殺しにされた時に鵜亥が現れて相手を一瞬でねじ伏せた。
 それから車に運びいれて連れていこうとした背中に何故か付いていきたくなった。
 親の家業を継がなきゃならない状況に鬱々として喧嘩をしながら歩き回った当時、鵜亥は突然表れた光に見えた。
 あれが男児人身売買の正に現行原場だったわけやがな。
 自嘲気味に顔を歪める。
 後になって調教され売られていく相手の少年を見て震えたのは今でも鮮明に感覚として残っている。
ーオレ、あんたのそばにいたいー
 十七の時、鵜亥は選択肢をくれた。
 見知らぬ少年をつき出して。
ーじゃあ、売れ残っちゃったコイツを処分してくれる?ー
 あの夜。
 オレはスズメバチの大群が人を食い殺すのを目の当たりにした。
 ああ。
 鵜亥はんは女王蜂なんやな。
 返り血で紅くなった銃を握りしめながら確かにそれを見ていた。
 鵜亥が黄色と黒のストライプのネクタイを緩めながら笑うのを。

「来るで」
 はっと前を見ると、鵜亥が青年を連れてやってくるところだった。
 エンジンを噴かす。
「お客さんの為に席空けとけや」
「VIP様々やんな」
「アホ抜かしとる場合ちゃうで」
 オレは働き蜂の一匹でええねん。
 一生な。

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