あの店に彼がいるそうです
第1章 噂を確かめて
蒸し暑い夜。
ネオンの光が放つ微熱さえ肌を焼く。
そんな夜。
どこまでも追いかけてくる気だるさを、女性達は振り払いにやってくる。
類沢は煙草を指先で回す。
闇なんて、この街にはない。
眠らない街。
歌舞伎町。
光が好きな虫が集まる街。
ここが僕の世界。
「類沢、アフターから帰ってきたなら声かけろよ」
篠田が隣に来て、ベランダに寄りかかる。
店の二階は小さなバーになっていて、明け方までベランダで飲むのが習慣だった。
「明るいなぁ……」
「煩いくらいにね」
「この真ん中にいるって不思議だよな」
「そう?」
二人はグラスを片手にビルに埋められた空を仰ぐ。
「また新人二人を首にしたって?」
「ノルマも達成できない奴ら抱えても仕方ないだろ」
篠田は苦く笑う。
「チーフの代わりに人選してくれんのは助かるけどよ、少し厳しすぎないか」
星が流れる。
今夜は流星群だとテレビが騒いでた。
こんな環境じゃ見れないだろうと思っていた分、その一筋の残像が妙に消えない。
「……派閥を持つって、甘いんじゃやってけないから」
無表情で煙草を潰す横顔に、篠田は何か切ないものを感じた。
類沢が店にやって来て四年。
初めはどこにも属さない彼は、細々と指名客に着くのみだった。
いつからだったろう。
彼の写真が頂点に飾られるのが当たり前になったのは。
記憶が曖昧というよりは、未だ自分が事実を信じてない気がする。
六歳年下の彼が、手に負えなくなるのを否定するように。
まだ二十九歳の類沢に。
「寝る……」
空になったグラスを置いたまま、彼はバーを出て行った。
丁度顔を出した太陽がその背を照らす。
彼がそれを浴びて笑う日は帰ってこないのだろうか。
昼夜逆転したホストたちは、夜に太陽の代わりに自分を輝かせるしかない。
「おやすみ」
類沢が残したグラスに呟く。
代金を払えと言うグラスに。
夜明けが来ても、この街はしつこく夜の尾を引いている。
酔って千鳥足の男。
男に抱えられて、ホテルに連れられる女。
夜に零された残飯にありつく烏。
類沢は静かにその中を歩いた。
退屈。
怠惰。
虚無。
空虚。
今の気分は随分沢山の名をお持ちだ。
路地に入ってゆく彼の後をじっと見つめる青年を、まだ彼は知らない。
ネオンの光が放つ微熱さえ肌を焼く。
そんな夜。
どこまでも追いかけてくる気だるさを、女性達は振り払いにやってくる。
類沢は煙草を指先で回す。
闇なんて、この街にはない。
眠らない街。
歌舞伎町。
光が好きな虫が集まる街。
ここが僕の世界。
「類沢、アフターから帰ってきたなら声かけろよ」
篠田が隣に来て、ベランダに寄りかかる。
店の二階は小さなバーになっていて、明け方までベランダで飲むのが習慣だった。
「明るいなぁ……」
「煩いくらいにね」
「この真ん中にいるって不思議だよな」
「そう?」
二人はグラスを片手にビルに埋められた空を仰ぐ。
「また新人二人を首にしたって?」
「ノルマも達成できない奴ら抱えても仕方ないだろ」
篠田は苦く笑う。
「チーフの代わりに人選してくれんのは助かるけどよ、少し厳しすぎないか」
星が流れる。
今夜は流星群だとテレビが騒いでた。
こんな環境じゃ見れないだろうと思っていた分、その一筋の残像が妙に消えない。
「……派閥を持つって、甘いんじゃやってけないから」
無表情で煙草を潰す横顔に、篠田は何か切ないものを感じた。
類沢が店にやって来て四年。
初めはどこにも属さない彼は、細々と指名客に着くのみだった。
いつからだったろう。
彼の写真が頂点に飾られるのが当たり前になったのは。
記憶が曖昧というよりは、未だ自分が事実を信じてない気がする。
六歳年下の彼が、手に負えなくなるのを否定するように。
まだ二十九歳の類沢に。
「寝る……」
空になったグラスを置いたまま、彼はバーを出て行った。
丁度顔を出した太陽がその背を照らす。
彼がそれを浴びて笑う日は帰ってこないのだろうか。
昼夜逆転したホストたちは、夜に太陽の代わりに自分を輝かせるしかない。
「おやすみ」
類沢が残したグラスに呟く。
代金を払えと言うグラスに。
夜明けが来ても、この街はしつこく夜の尾を引いている。
酔って千鳥足の男。
男に抱えられて、ホテルに連れられる女。
夜に零された残飯にありつく烏。
類沢は静かにその中を歩いた。
退屈。
怠惰。
虚無。
空虚。
今の気分は随分沢山の名をお持ちだ。
路地に入ってゆく彼の後をじっと見つめる青年を、まだ彼は知らない。