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あの店に彼がいるそうです

第11章 いくら積んでもあげない

「だったらなんで……拓さんじゃなくて瑞希さんがやってんすか」
「オレもそう思う」
 現れた影に二人が振り返った。
 そしてかける言葉もなく口を閉じた。
 能面のような顔の拓を見て。
「なーんでオレがここにいて? 瑞希が体売って忍助けようとしてんのか? わかるわけねえっつの」
 グラリと傾いた拓を一夜が支える。
 その軽さに目を見張った。
 忍が容態を崩してからなにも食べてないんだろう。
 生気のない口元をおぼつかなげに動かして。
「オレも連れてけよな……類沢さん」
 涙声で呟いた言葉を一夜は聞かなかったことにした。

「任せてごめんね」
「別にいいがな。明日の新聞でシエラのトップが水死体で発見なんざごめんだぞ。鵜亥の勢力は元来気性が荒ぇんだ……」
 シエラの裏口で篠田と類沢が向かい合っていた。
「だからわしが同行するんじゃろ」
 いや、もう一人。
 執事のような出で立ちの初老の男が手にした愛銃を撫でる。
「シャドウにまで面倒かけてすみません」
「八人集の中で仕事を抜け出しても構わんのは一人だけだったようでな。今夜は空牙が頑張っとるよ」
 吟じいは静かに微笑んだ。
 それから眼を鋭く細める。
「大体は雛谷づてに聞いたが、何が起こっているか説明はしてくれんか」
 店内がにわかにざわめく。
 開店したのだ。
 篠田が裏口を閉め、辺りには静寂が降りてきた。
「ええ。向かいながら説明します」
 類沢は半時間前の電話を思い出して眉を歪めた。
 

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