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あの店に彼がいるそうです

第12章 どんな手でも使いますよ


 こんなときに。
 人のことばっか。
 知らない場所で、あんな痛いことされて……
 鵜亥って奴、どこに行ったんだ。
 気絶している間、何されてたんだ。
 あれからどのくらい時間が経ってる?
 疑問ばかりが浮かぶ。
 一番大事なことは考えないようにして。

 俺、これからどうなるんだろ。




 裏口を抜けて、車に乗せられ十五分。
 助手席で揺られながら類沢は静かに前を向いていた。
 まさか、移動させられるとはね。
 拓と吟はあの建物に置いてきたみたいだけど、後でシャドウの連中が助けに行くだろう。
 汐野とかいう鵜亥サイドの人間はいつの間にかいなくなった。
 今夜中に瑞希の元に辿り着くためには、一時間以内に逃げるべきなんだけど。
 そこで運転する秋倉を一瞥する。
 一体どこに向かっているのか。
 思い返せば、楽しんでいる汐野と対照的にこの男はずっと葛藤しているように見える。
 まあ、あの蜜壺の一件もあるから内心複雑なのは察するけど。
 自分の行動に納得いかないまま進んでいるような。
 どこに向かっているかもわからないような。
 傍から見ていると、哀れでならない無様な必死さ。
「いつだって見下した眼で見るな、お前は」
「そうですか」
 他に警備も付けずに単身で何がしたいんだろう。
 そもそも、瑞希の取引からがおかしい。
 アメリカの医者チームの手配の良さは鵜亥の方がやっていることだろうが、秋倉の行動にどうも一貫性も目的も見えてこない。
 いや……
 目的が自分を手に入れるためだとしても、これまでやろうと思えば出来た力技でこの事態を推し進めているのが違和感だ。
 信号で車が止まる。
「逃がしたいの?」
「あ?」
「手錠一つくらいで本気で僕を捕らえたとは思っていないでしょう?」
「……そういうお前も逃げないってことは何か考えがあるんだろ」
「探り合いとか面倒なんだけど」
「俺もだ」
「……」
「……」
 信号が青に変わる。
「不本意?」
「この状況がか? 腸煮えくり返りそうなくらい不本意だ、何でそう思う」
「あの宿を経営していた時から、いくら卑怯な手は使っても人の手を借りるのは見たことがなかったからね」
 奇妙なほど穏やかな空気。
「お前は俺を憎んでるか」
「ナニその質問」
「なんとなくだ」
 我円とかなら「やれやれやれ」とか言うかな、こういうとき。
「……どうでも」

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