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あの店に彼がいるそうです

第3章 体を売るなら僕に売れ


―もしもーし―

―ねぇ、いつまで休んでるの?―

―大学で先生も心配してるよっ―

―アパートに知らない人が住んでたんだけど―

―元気ならいいんだけど―

―連絡くださいな―




―……寂しいよー―



 河南からだ。
 着信が三件。
 全部河南から。
 ホストになったことだけは伝えたが、流石に類沢の家に住んでるとは言えない。
 言えば、喜んで来そうだからだ。
 今になって河南が類沢に惚れていることを恨む。
「メール?」
 突然洗面所に入って来た類沢に驚いて、携帯を落としてしまった。
「なにやってんの……」
 呆れながらも、優しく拾ってくれた。
「彼女からです」
 俺は少しの皮肉を込めて答えた。
 彼女に会いたくても働かなければならないのだと。
「店に来ればいいじゃん」
「なに云って……」
 だが、類沢の目は笑ってない。
 お風呂上がりで濡れた髪を梳きながら、鏡越しに見つめてくる。
「好きなら彼氏の借金の為に身を削るよ。恋人ならね」
 冷たい響き。
「それは……ホストにしか通用しませんよ」
 俺は歯ブラシをくわえる。
 シャカシャカ。
 鏡の中の類沢は寂しげに笑んでいる。
「今日は出掛けるから、合い鍵置いていくね」
 話を逸らしたのか。
 聞かないふりなのか。
 それとも、それが返事なのか。
「いいんですか?」
 あくまで赤の他人だ。
 不用心すぎる。
 類沢はドライヤーを片手に出て行く所だったが、振り返ってこう言った。
「瑞希は盗っ人?」
 パタン。
 俺は歯ブラシをくわえたまま、何も言えなかった。

 宣言通り、昼に類沢はいなくなった。
 残されて手持ち無沙汰な時間を弄ぶ。
 探検してみようか。
 そーっとリビングから類沢の部屋に忍び寄る。
 扉に手をかけて、中を覗く。
「失礼しまーす」
 ホテルの一室かと思った。
 無駄のない完璧な配置の家具。
 大きなドレッサーと机。
 背もたれの高い椅子。
 装飾が隅なく施されているその背をなぞる。
 クッションも厚い。
 そして、美しいタペストリー模様のシーツに包まれたベッド。
 ダブルベッドだ。
 いや、キングサイズか。
 少し乱れたシーツが生活感を漂わせる。
 カチカチ。
 窓の一面を除いた三方の壁で時計が鳴っている。
 三つもいるだろうか。
 恐る恐る机に近づく。

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