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あの店に彼がいるそうです

第15章 あの店に彼がいるそうです


「僕はね……」
 類沢がグラスを手に取り、側面に優しく液体を波打たせる。
 そこに何かを映すように。
「家族を知らない。血の繋がりってのを感じたことがないんだ。それって結構大きくてさ、自分に近い存在がないのと同じ。多分、この人には伝わるだろうとかかな。無縁だった。けど、彼女だけは……麻那姉さんだけは、呼び名で偽っているようだけど姉のようでね」
 照明が貫いて、グラスの下に赤い模様を彩る。
「守りたかった」
 ふっと、液体が止まった。
 指が静止して、類沢の目線が固まる。
「そう。守りたかった。だから、会いたくなかった。バカだよね」
 頷けるわけもなく、俺は鼻を啜った。
 守りたいから遠ざけたのに、知らない間に弦宮麻那は修復不可能な程に傷ついていた。
「麻那さんは、類沢さんのこと……」
 続きが言えずに息が詰まってしまう。
 それこそ残酷だ。
 なんて残酷なんだ。
 育ての親にして、最愛の人。
 忍と拓が脳裏に浮かぶ。
 死が二人を分かちそうになった時の、拓の魂が抜けた顔が忘れられない。
 あの二人以上の絆なら……
ー無理心中のお話だと思うのー
 なんで、今。
 蓮花さんの……
「っ……類沢さんっ! 死なないですよね?」
「え?」
 額がぶつかりそうな距離で叫んだ俺に、眉を上げて首を微かに傾げる。
「死なないですよね」
 意味なんてとっくに伝わってる。
 そうでしょう。
「……死なないよ」
 にこりと微笑んだのは元気付けではないと証拠も添えてほしい。
 だってこんなにも、貴方は脆く見える。
 意識より先に仮面に指が伸び、弾くように奪い取って唇をぶつけた。
 ワックスで固められた髪を掴んで。
 目を見開いた類沢が俺の肩に手をかけ、力を込めようとするが、引きずり出した舌先が力を奪い取った。
「ん、ふ……」
 呼吸の隙もなかった類沢の眉が歪む。
 爪を立てられ、俺は身を引いた。
 互いに乱れた息を吐き合う。
 類沢は信じられないと訴えるように俺を見つめていた。
 それこそ俺の方だ。
「……っく、ふふは。ははははっ、類沢さん! なんて顔してんですか? 俺ごときにキスされた程度でっ。情けない……情けないですよ」
 ぼたぼたと涙が膝に落ちる。
 笑いながら溢れる涙の粘性は低く、それはもう勢いよく。
「本当に、俺の知ってる類沢さんはどこに行っちゃったんですか……」
 身勝手。

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