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あの店に彼がいるそうです

第4章 超絶マッハでヤバい状況です

「ハイ、マスター。金落としに来たよ~」
 カウンターの中でカクテルを作る男が苦く笑い、会釈する。
 高校を卒業し、夜の世界に飛び込んでもがいていた頃、この店を見つけた。
 雛谷は指定のカウンター席に着く。
 紫苑と恵介は必ず一つ離れた場所に座る。
 マスターと雛谷の会話をジャマしないように。
 そして、お互いの成果を話し合うように。
 昔は紫苑と二人で並んでいた。
「親友を取られて寂しいか?」
「別に」
 マスターはカラカラと笑った。
 それからレモンビールを淹れる。
 いつもの、って奴だ。
 客は少ない。
 けれど、同じ客ばかり。
 歌舞伎町で働く男達。
 ここは、常連しかいない隠れ家のようなバーなのだ。
 薄暗い青の照明。
 ウェイターが一人。
 マスターが一人。
 最小限の人員で機能している。
 その無駄の無さが雛谷は好きだった。
 ファミレスとかは煩くて仕方ない。
 ここは、脳まで静寂が浸透する。
 だから、余り人には教えない。
 教えたくない。
 呼んだのは、隣の二人だけ。
「ねぇ、マスター。類沢の最近の噂はなんかある?」
「なんだ? 珍しいな」
「ちょっとね……」
 暫く考え、グラスを磨きながら彼は答えた。
「新入りが一人入ったみたいだが、そいつを優遇しているらしいぞ」
「若い?」
「あぁ。二十歳そこそこの小僧だ。スーツを一緒に新調していたと聞いたが……」
「マスターは顔が広いね」
 雛谷自身、髪をどこで切ったか、どこのスーツを着るか、客への花束はどこからいつ仕入れるか、全て知っているマスターに畏敬の念を抱いていた。
 カラン。
 サイコロが二つテーブルに転がる。
 それから、空の黒いグラス。
 中は全く見えない。
「半だね」
 雛谷はビールを片手に呟く。
 マスターはニヤリと笑い、グラスを動かし始めた。
 中でサイコロが音を立てる。
 端から見れば、手品でお馴染みの芸に見えるかも知れない。
 だが、違う。
 これは二人の間で毎日交わされる賽子賭博の丁半だ。
 賭け金は今夜の飲み代。
 勝てばタダ。
 負ければ二倍だ。
 たった数千円の小さな賭け。
 カラカラ。
 店内の客が此方を窺う。
 雛谷は知っている。
 彼らもまた賭けていることを。
 音が止まる。
 全員が息を呑む。
「……ピンゾロの丁」
「あーあ」
 

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