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あの店に彼がいるそうです

第5章 殺す勇気もない癖に

「それ、本当?」
 篠田は携帯を耳に当てて頷く。
 回線の向こうの類沢は、疑わしげに空を見上げた。
 電波が間違っているんじゃないかとでもいうように。
「だとしたら面倒だね」
「知り合いってのはな」
「そうじゃなくて……」
 類沢は煙草を壁に擦り付けて熱を指に感じる。
 消えかけた火を眺め、短く答えた。
「二度と来れないようにしてあげなくちゃね」

 携帯を切り、雛谷の元に戻る。
 如月が車を横付けして待っていた。
「秘密電話おわりー?」
「一応ね」
 預けていたイヤホンが投げられる。
 それを掴み取り耳にはめた。
「目当ての倉庫だがな」
 如月が窓を下ろして顔を出す。
 短髪のオールバックは人を圧する。
「最近セキュリティ会社が工事に入っている。見かけたときは機材の山だったから、探すのは随分な手間だと思うが」
 類沢は車に近づき、窓枠に両腕を組んで顔を近づけた。
 端から見たら、触れてはいけないものベスト3に入るであろう威圧感。
 雛谷も珍しいツーショットにニヤニヤしていた。
「忠告ありがとう。でも出来たら解決策まで込みで話して欲しかったな」
「指揮はお前だろう」
「例えば如月紫苑の運転テクニックで劇的に瑞希を見つけられないかな」
 反応を待つ類沢を睨み上げる。
「……お望みならな」
「だめだめ~。紫苑の本気運転は同乗者をみなごろししちゃうんだから」
 雛谷はその五文字を冗談か判断つかない口調で強調した。
「どんな運転でも平気だよ。出来る?」
 如月は無言でキーを回した。
 快音が夜中の街に鳴り響く。
「紫苑、あとでお仕置き」
「なにを言ってるんだ」
 ブツクサ言いながらも助手席に乗り込む雛谷。
「酔うなら後ろに乗れ」
「なんで類沢さんに譲んなきゃなんないのー。紫苑の隣は一人だけなんだからさ」
「馬鹿なこと言うな……」
「ノロケはいいからさ……早く出してくれないかな」
 後部座席で足を組んだ類沢に二人は声を揃えて叫んだ。
「ノロケじゃないっ」

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