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ビッグ5と過ごす夏

第1章 おれの悲惨な日常

「おはようー、ゴミムシくん」
女子が、声をかけてきた。きれいな、澄んだ声だ。校内の男子たちは、彼女の声をヴァルハラヴォイスと評し、朝、その声を聞いたら、1日幸福だと言われている。

しかし、当のおれは、またかよー、もういいかげんにしてくれー、とウンザリ。
ただでさえ、暑い暑い、6月。まだ夏じゃねえのに、近ごろの温暖化の影響か、汗がしたたり落ちて、ワイシャツがビショビショ。暑くて死にそうな俺に、その声はただのうざい、いつもの嫌な言葉だった。

えーい、きょうこそはガツン!と言ってやらなくちゃ…と、顔を上げたら、運の悪いことに、そこには、ビッグ5が勢ぞろいしていた。

「うわー!ゴミムシくんに、見られた―!」
「ぎゃあー!ばい菌がうつる、うつる!」
「ゴミムシ、あっち行け、シッシ!」
「おまえなんか、ごみ箱の中へ登校しろ!」

きれいな澄んだ声質で、なんとも汚い言葉の羅列。
これはたまらん。一度この罵詈雑言が始まったら、えんえんと教室に入るまでやられるのだ。

おれは、猛然とダッシュを始めた。
「こらー!逃げるのか、ゴミムシ!」
「ヘタレゴミムシが走る、走る」
「ヘタレて、ごみ箱に突っ込め!」
「ついでに、トイレに突っ込んで糞まみれになれ!」
ビッグ5は、追いかけてこない。彼女たちは、要するに口だけなのだ。

しかし、さすが女子の声だ。遠く離れても、まだ聞こえる。
「ゴミムシ~~~~~~~~!!!」

「ふうううーーー」
おれは、ため息をつきながら、ドカッと教室の自分の席にへたりこんだ。

「タツ、きょうも、ご愁傷さま」
クラスの友人たちが、取り囲んでくる。
「ご愁傷さまじゃ、ねえよー。他人事だと思って」
「あー。わりい、わりい」
と悪友の渓人(けいと)が、おれの肩をもんでくる。

「しかし、タツ、お前、あの子らにいったい何をやらかしたんだ?」
「なんもしてねえよー」
「いや、ぜったいおまえ、何かやったんだろ?でないと、こんなしつこい罵詈雑言、ありえねえー」
「しかし、タツ、考えてみれば、すごい境遇だぜ?」
と、もうひとりの悪友、大五(だいご)。
「あの子らのひとりからでも、朝声をかけられたら、それこそ天国だというぜ。おまえときたら、毎朝、毎朝、5人全員に声をかけられてんだぜ?タツ、自分が超幸せ者だとしっかり自覚せんとなー」

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