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『春暁』

第1章 春暁

 1

「……………ん……」

「あ、起こしちゃったか…」
 わたしはいつも、彼の帰る気配に目を覚ます…
 そして時計に目を配る。

「……………」

「あ、いや、明日、早いんだ…」

「……………」

「ぶ、部長と、ゴルフでさ…」

「……………」
 わたしは黙って頷く。

 彼はその傍らで、そそくさと着替え、身仕度を整える…

 でも…

 わたしはそれがウソだと知っていた。

 だから敢えて…

「どこに行くの、遠いの?」

 どこのゴルフ場に行くのかと問う。

「あ……う、うん、少し…と、遠いんだ……」

 彼はウソが下手…

 だから、慌て着替え、そして…

「じ、じゃ…また……」

 まだ横に寝ているわたしの頬に、唇を寄せてきた。

「……………」
 だが、わたしは顔を軽く横に逃げ、黙って彼を見つめ…
 手を差し伸ばし、彼の手指に絡めていく。

「あ…ど、どうした?」
 いつもの別れ際のわたしと違う仕草に、彼は少し揺らぎを見せる。

「……ん、別に………」
 わたしはジッと、揺らぐ彼の目を見つめ…

『本当は知っているのよ…
 今日は、娘さんの卒業式だってことを……』
 
 そう、強く心に想い浮かべ…
 伝わるはずのない、悲哀の想いを目にこめる。

「あ………」

 ほんの少しだけ…
 この想いが、伝わってほしい………
 だが、伝わるはずもなく…
 わたしは目を閉じ…

「じ、じゃ、また……」
 絡めた手指を緩め…
 偽りと誤魔化しの唇を受ける。

 バタン……

 冷たい、ホテルのスチールのドアの閉まる音が心を震わせ…
 わたしはいつものように…
 彼の温もりと、匂いの残った布団に絡まり、うずくまる。

 そう…

 いつものように……

 わたしはうずくまり…

 一人ベッドで夜明けを待つ……




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