麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】
第1章 序章
序章
風が吹く。見渡す限り、どこまでも続く清廉な、光景。薄紅色の花たちが巨大な池の面を一面に埋め尽くし、時折、水面を吹き渡る初夏の風に、たおやかな花々がかすかに揺れる。
まるで、この現世(うつしよ)のものとも思えぬような眼前の眺めに、浄(ジヨン)蓮(ヨン)は眼を細める。嘘と欺瞞だらけのこの世界で生きてきた彼女にとって、数少ない真実といえるものがあるとしたら、それが準(ジユン)基(ギ)の存在だった。
そう、自分には、真実と呼べるものは殆どない。皆が呼ぶ、この浄蓮という名前すら、生まれ落ちたときに親がつけてくれたものではない。
だから、浄蓮は正直言うと、この名前があまり好きではなかった。
この名を付けてくれたのは、元々は浄蓮のいる妓房(キバン)(遊女屋)の女将、杉(サム)月(ウォル)だ。
―純白の穢れなき蓮だなんて、あんたにぴったりじゃないの。
事情をよく知らない姉さん女郎たちはそう言ってくれたけれど、浄らかな蓮だなんて、これほど醜い自分に似合わしくない名前があるだろうか。
まだ耳慣れぬ新しい名前で呼ばれる度、浄蓮は皮肉めいた気持ちになり、まるで自分ではない全くの他人が呼ばれているような気がするのだった。
誰がこの名で呼んでも―浄蓮が準基の他にただ一人、心を許せる存在の秀龍さえ―、少しばかりの反発を憶えたのに、準基に名を呼ばれるときだけは抵抗なく受け容れられたし、その名のとおり、我が身が本当に穢れを知らぬ花になったような気がした。
記憶が巻き戻されてゆく。
愉しかった日々。準基の存在が浄連の真実ならば、彼と過ごした、けして長いとはいえない時間もまた浄連にとっては揺るぎのない真実であった。
風が吹く。見渡す限り、どこまでも続く清廉な、光景。薄紅色の花たちが巨大な池の面を一面に埋め尽くし、時折、水面を吹き渡る初夏の風に、たおやかな花々がかすかに揺れる。
まるで、この現世(うつしよ)のものとも思えぬような眼前の眺めに、浄(ジヨン)蓮(ヨン)は眼を細める。嘘と欺瞞だらけのこの世界で生きてきた彼女にとって、数少ない真実といえるものがあるとしたら、それが準(ジユン)基(ギ)の存在だった。
そう、自分には、真実と呼べるものは殆どない。皆が呼ぶ、この浄蓮という名前すら、生まれ落ちたときに親がつけてくれたものではない。
だから、浄蓮は正直言うと、この名前があまり好きではなかった。
この名を付けてくれたのは、元々は浄蓮のいる妓房(キバン)(遊女屋)の女将、杉(サム)月(ウォル)だ。
―純白の穢れなき蓮だなんて、あんたにぴったりじゃないの。
事情をよく知らない姉さん女郎たちはそう言ってくれたけれど、浄らかな蓮だなんて、これほど醜い自分に似合わしくない名前があるだろうか。
まだ耳慣れぬ新しい名前で呼ばれる度、浄蓮は皮肉めいた気持ちになり、まるで自分ではない全くの他人が呼ばれているような気がするのだった。
誰がこの名で呼んでも―浄蓮が準基の他にただ一人、心を許せる存在の秀龍さえ―、少しばかりの反発を憶えたのに、準基に名を呼ばれるときだけは抵抗なく受け容れられたし、その名のとおり、我が身が本当に穢れを知らぬ花になったような気がした。
記憶が巻き戻されてゆく。
愉しかった日々。準基の存在が浄連の真実ならば、彼と過ごした、けして長いとはいえない時間もまた浄連にとっては揺るぎのない真実であった。