テキストサイズ

遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第3章 運命の邂逅

 女将はすごぶる機嫌が悪かった。掴まれた衿許を腹立たしげに直し、意味ありげな眼で梨花を見つめた。
「それにしても、あんたの兄さんは少しここがイカレちまってるんじゃないかね。あんた、本当にあの男の妹なの? あいつがあんたを見る目付きは到底、兄さんなんかのものじゃない。あれは、まさしく欲しいと思う女を見る男の眼だよ」
 もちろん、女将の苛立ち紛れの科白を梨花が本気で受け取るはずもなかった。だが、学はなくとも、彼女は妓房の女将として大勢の客と妓生たちの拘わりを見てきた。その女将の言葉が存外に真実を言い当てているとは、梨花は想像もしなかったのだ。
 そんな経緯もあって、店を出す望みは完全に潰えた。
 ずっと寝たきりの父を眺めながら、梨花は考えた。
 私がお父さんにしてあげらることは何なの?

ストーリーメニュー

TOPTOPへ