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遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第3章 運命の邂逅

 が、父から離れて、その口許の動きを再び見つめていた時、鋭く息を呑んだ。
―コ・ロ・シ・テ・ク・レ。
「うー、おー」
 父の声は梨花が聞いても、ただの咆哮のようにしか聞こえなかったけれど、唇の細かな動きを見ていれば、大体、言葉の意味は察せられた。
 梨花の眼に涙が溢れた。
 あの父が、この世の誰よりも頼もしかった父が梨花に懇願している。まるで縋るような眼で見詰めながら、〝殺してくれ〟と。
「何を気弱なことを言ってるの、お父さん。馬鹿なことを考えないで」
 梨花はそう言いながら、父のすっかり薄くなった胸に顔を伏せた。
「十年前、お父さんは寄る辺のない私を拾って育ててくれたわ。今度は私がお父さんに自分のできることをする番だもの」
 ひとしきり父の胸に顔を寄せて泣いた後、梨花は涙を拭って微笑んだ。

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