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遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第5章 凍れる月~生涯の想い人~

 梨花は我が身の迂闊さが歯がゆかった。もう少し深く考えてみれば良かった。既に許婚者もいて幸せ一杯のチョンハに、真夜中に人眼を忍んで相談せねばならない悩みなどあるはずがなかったのだ。
 が、流石に、幾ら思案してみたところで、ソヌの周到な企みだとは見抜けなかったろう。
 梨花は唇を噛んだ。
 こんな男に良いようにされるくらいなら、いっそのこと舌を噛み切って、死んでやる。
 一瞬、閉じた瞼に、兄の顔がよぎる。
―お兄ちゃん!
 心の中で声を限りに兄を呼ぶ。
 私、やっぱり、馬鹿ね。お兄ちゃんがあんなに行くなと言ったのに、振り切って女中奉公に出てきてしまった。
 その挙げ句、こんな風に卑劣な男に騙されて、おめおめとおびき出されてしまうなんて。

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