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遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第5章 凍れる月~生涯の想い人~

 尹家の朝は早い。漢陽で一大勢力を誇る北斗商団の大行(デヘン)首(ス )尹北斗に代わって留守を預かる嫡男南斗は、毎朝、夜明けと共に起床する。
 北斗は常々、後嗣たる息子に、
―商人にとって大切なものは一つに人脈、二つめに時間だ。この二つをおろそかにすれば、その者は後々、大きな損失をして後悔に苛まれることになる。
 と言い聞かせていた。
 南斗は父の教えをよく守り、けして時間を無駄にはせず、どのような些細な拘わりであろうが、人との出逢いを重んじた。
 従って、尹家の使用人たちは、主人である北斗よりも皆、早く起きるのは至極当然だ。
 南斗の世話をするのは、専ら女中頭グミョンである。尹家の夫人淳容(スンヨン)は、若い女中が息子に近づくのを嫌った。
 夫人にしてみれば、大切な一人息子に変な虫がついては困るのだ。もっとも、南斗は眉目良き若い娘が傍にいても、路傍の石ころ程度にしか見えていないらしい。尹家では、金持ちの屋敷にありがちな若い女中に若さまの手が付くといった醜聞は一切ない。

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