テキストサイズ

遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第3章 運命の邂逅

 すぐさま踵を返して、あの優男を追いかけ始めたのである。
 もう、駄目。これ以上、走れない。
 既に、あの掏摸の姿は梨花の視界には映っていない。それほどに引き離されていた。
 梨花が立ち止まったまさにその瞬間だった。前方から、〝うぎゃ〟とも〝ふぎゃ〟とも判別のつかない奇妙な呻き声が聞こえてきた。まるで猫が尻尾を踏んづけられたようなとでも言えば良いのか、情けない声である。
 梨花は荒い息を吐きながらも、ありったけの力をかき集め、再び走り出した。が、走るほどのこともなかった。数歩先に、あのいかにも軟弱そうな男が組み伏せられている。
 掏摸の手をねじり上げているのは、後ろ姿だけでは判じ得ないが、これもまだ若そうな男であった。両班でもあるのか、随分と豪奢な身なりをしている。
「ありがとうございます。掏摸を捕まえて下さったんですね」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ