遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~
第1章 燐火~宿命の夜~
幾ら聡明とはいえ、所詮、六歳の幼子である。スンチョンについて走るのが精一杯で、途中で何度も転び、思うようには進めなかった。林家の庭は広大で、あちこちに庭木や花が植わっており、格好の隠れ蓑になってはくれたが、逆にその広さは女子どもが逃げ切るには困難でもあった。
途中からスンチョンは梨花をおぶって逃げた。スンチョンの背中は広くて温かくて、頼もしい。乳母の背中にいる限り、自分は安全だ、守られているのだという安堵を憶えられた。
頬に冷たいものが触れたような気がして、梨花は空を仰いだ。今宵は月もない闇夜であった。光がないことが、逆に逃げる主従を助けてもいた。幾ら追っ手も、スンチョンと梨花が生い茂る樹木に紛れ込んでしまえば、折からの闇も手伝って容易には見つけ出せない。
だが、降り出した雨は厄介な代物だった。
途中からスンチョンは梨花をおぶって逃げた。スンチョンの背中は広くて温かくて、頼もしい。乳母の背中にいる限り、自分は安全だ、守られているのだという安堵を憶えられた。
頬に冷たいものが触れたような気がして、梨花は空を仰いだ。今宵は月もない闇夜であった。光がないことが、逆に逃げる主従を助けてもいた。幾ら追っ手も、スンチョンと梨花が生い茂る樹木に紛れ込んでしまえば、折からの闇も手伝って容易には見つけ出せない。
だが、降り出した雨は厄介な代物だった。