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あなたが消えない

第9章 深夜2時のお仕置き

本気で人を愛するという事は、自分自身への愛を得るという感情以外のものは、全て消し去られてしまう。

今の私には翔の事以外は、どうでもいい。

少しでも翔を想うだけで身体が感じて、あちこちが火照り出す。

下の階に住んでいるという最も近い距離に、意識しただけで身体が一人悶える。

おかしくなりそう。

そして、欲しくなる…。

我慢できなくなる…。

翔に、今すぐ会いたい。

好きだとか愛してるとか、そんな単純な想いじゃない。

言葉なんかじゃ、表現できない。

土曜日の夕方、私は和男と買い物に出掛けて駐車場に着くと、102号室のご夫婦と遭遇して、和男は挨拶をする。

「こんばんわ」

「どうも、こんばんわ」

「寒くなりましたね。お買い物ですか?」

奥さんが言うから私も、

「えぇ、買い込んでしまって」

旦那さんも和男に言う。

「仲がよろしいですね」

「いいえ、とんでもない」

愛想笑いをしていると、タイミング悪く101号室の扉が開いた。

やだっ…嘘っ…。

なんか凄く気まずい。

「ねっ、もう行こう?」

私は和男の服を引っ張る。

今は、翔には会いたくない。

自分が旦那と一緒に居る所を、目撃されたくない。

けれども翔は、タバコを吸うためだけに出て来た。

それと同時に、102号室の夫婦は急に無口になり、私達よりも先に部屋に入ってしまった。

まるで怯えているみたいに。

堂々と静かにタバコの煙を吹かす翔。

和男は目を凝らしながら、翔の姿をじっと捕らえる。

「あれが…」

一言だけ言って、更に見下すような和男の視線に、私は翔を見つめた。

しかし翔は、頭も下げずに無視してタバコを吸い続けて、いっこうに部屋へと戻ってくれない。

…………。

「部屋に戻ろうか」

和男が言う。

「…うん」

私は和男の後ろを歩いた。

だけど、もう一度衝動的に、振り返り翔を見つめると。

翔は寒そうに、階段を昇る私を見つめていた。

どうしよう…。

あんな目で見つめられたら、私はこの荷物を置いて、今すぐにでも、あなたに抱かれたいと思ってしまう。

好きなのは、愛しているのはあなただけ!

そう叫びたいくらいだった。

白い息と共に、タバコの煙を吹き飛ばす。

ごめんね、翔。

こんなところを見させて。

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