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あなたが消えない

第14章 身勝手に抱く

「翼は幸せなんだろ?あの帰りのいつも遅い仕事バカの旦那と一緒にいて。で、そのおかげで俺ともセックスできるんだから」

「もう、それ以上言わないで!腹が立ってくるから」

私は握られた手を無理矢理離した。

和男の帰りが遅いのは、真面目に仕事に取り組んでいるからよ。

私がそれを寂しいと感じる間もなく、翔から声を掛けて来たくせに。

「俺の本音を引き出すような言い方して、翼は強がって本音を言わないんだな」

「強がってなんていない」

「じゃあ、俺が代わりに言ってやるよ。私は幸せなんかじゃない。俺と居る時が一番幸せ…。そうじゃないのか?」

翔は私の方を見る。

「俺から幸せだなんて一言も言ってないだろ。俺の幸せは、翼を身勝手に抱いている時が一番幸せなんだ」

でも…、それでも…、今の状況は変えられないのが本音だと言いたいの?

「俺は、おまえにしか本音を素直に言えない。何せ、無愛想で感じが悪いのが取り柄だから」

一人で言って、一人で笑ってる。

笑えないよ、翔。

「翼も、俺の前では本音で話せって。おまえの良さは素直な所だよ?泣きたいなら、俺の前で堂々と泣けっての」

まさか、お風呂での…?

翔は気が付いていながらも、楽しそうに笑っていたの…?

翔は、突然車を道路脇に停めた。

「翼、本音を言えよ」

「えっ…」

「俺に言え。言わなきゃ今夜は帰さない」

本音はそう。

帰りたくない。

翔と今夜を、翌朝を一緒に、同じベッドの中で迎えたい!

「翔が好き…好き過ぎて思うの。奥さんが戻って来ても、嫉妬して意地悪に避けて無視する自分が、その場に立たされるんじゃないかって!…だから、家に居たくないから、働きに出掛けるのよ、私は!…絶対に会いたくないから!永津家の幸せを、201号室から聞きたくないのよ!一切、聞きたくないの!」

私は少しずつ声が大きくなる。

苦しいから、つらくてやるせないから。

泣きたくないのに、涙が感情と共に溢れ出す。

そんな私に翔は、じっと冷静に見つめていた。

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