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紅蓮の月~ゆめや~

第2章 紅蓮の月

 あの夜、あまりに美しい月を、何か神々しいものでも見るように眺めていたものだったけれど、あれは神々しいものに対する畏怖などではなく、禍々しい魔物に向ける純粋な恐怖ではなかったのかと今更ながらに思う。
 あの紅い月を一緒に見た二年後、三人めの子を身ごもっていた乳母は流産が原因で亡くなった。あの不幸な出来事は、やはり紅い月を見たせいではなかったのか。
 だとすれば、今宵、再び紅い月を見た我が身の運命は―?
 帰蝶の耳に信長の声がまざまざと蘇る。
―運命(さだめ)という武器しか持たぬ暗殺者。
 帰蝶は短い溜め息と共に、もう一度空を見上げる。自分はあの男(信長)を殺(や)れるのだろうか。
 帰蝶はそこまで考えて首を振った。
 運命の歯車は既に回り始めている。今更、後戻りはできない。父の命じるままにこの織田家に輿入れしてきたそのときから、帰蝶の運命は決まっているのだ。

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