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紅蓮の月~ゆめや~

第5章 第二話【紅蓮の花】 プロローグ

「殿?」
 凛子が焦れたように重ねて訊くと、義経は無言で凛子を見た。その双眸を見て、凛子は何も言えなくなった。あまりにも悲痛な光がその眼に宿っていたからだ。
 義経は何も言わず立ち上がると、そのまま寝所を出ていった。両手をつかえて義経を見送りながら、凛子もまた暗澹たる気分になった。
―殿はまだ鎌倉殿を慕っておいでなのだ。
 そは義経自身がけして口には出さずとも、紛れもない事実であった。
 凛子は藤原秀衡の次男忠衡の乳母の娘に当たる。秀衡の三人の息子の中、長男の泰衡は義経とは対立的な立場にあり、秀衡亡き後、跡目を継いだのは泰衡であった。奥州で過ごした少年時代から、義経と忠衡は仲が好く実の兄弟のように行き来していた。

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