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紅蓮の月~ゆめや~

第5章 第二話【紅蓮の花】 プロローグ

 が、誰にも彼の心の空白を埋めることはできなかった。どれだけ多くの家臣に囲まれ慕われても、義経が心の底から欲していたのは肉親と呼べるひとの愛情だった。頼朝は義経の憧れの象徴だったのだ。義経は顔すら知らぬ義兄に亡父の面影を重ね、慕った。兄のためにと働き、戦い続けた。しかし、生きることにあまりにも不器用で純朴な彼は後白河法皇の奸計によって頼朝と仲を分かたれ、孤立するに至った。
 生命を狙われてまでなお、義経は兄を慕っている。それは恐らく、実の親に殺されそうになってもまだ子が親を信ずる心にも似ているだろう。凛子は義経の傍近くにあって、彼の心が手に取るように判った。
 京の都にいた頃、義経には静という愛人がいたという。静は当代随一の舞の名手と云われる白拍子で、楚々とした美貌の女性だと評判だ。また、頼朝から命じられて迎えた妻、河越太郎重頼の娘もいた。

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