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変人を好きになりました

第18章 本当の故郷

「正六面体」

 クロタキさんが顔をそむけて言う。


 セーロクメンタイ。なんじゃそりゃ、と考えてようやく頭の中で漢字が出てくる。正六面体。
 ウリスタルでできているそれは小さくて可愛らしいけれど、ネックレスにしては珍しい。


「直方体、ねじれ双三角錐。面積はA=a2、表面積はS=6A=6a2、体積はV=a3、外接球半径はR=2分の√3a」
「ス、ストップ!」

 延々と数式を言いそうな様子のクロタキさんを制止する。頭ががんがんと痛む。

「十分か?」
「はい。すごく十分です」

 「そうか」と満足げに頷くクロタキさんの横顔を見て苦笑いを漏らす。

 この人、やっぱりなんだか変だ。病院で目を覚ましてからどこか常人ではないなという気はしていたけれど、やっぱりクロタキさんは普通じゃない。
 同じ研究者の空良くんも天文のことに対してはすごく物知りで時々星のことを教えてくれるけれど、クロタキさんはそういうのとは違う。何かがおかしい。


「でも、どうしてこれを私に?」
 ネックレスを私の首につけてから、顔をあらぬ方向へ向けているクロタキさんに問う。
 やっぱり振り返らないまま彼は口を開けた。

「正方形がやっぱり一番綺麗だ。そうの正方形が正方形らしい形で集まったら完璧だ」

「はあ」
 答えになっていない返答に私は首を傾げねがら頷く。

 クロタキさんのどこが変なのか分かった気がした。クロタキさんはおそらく自分が変だということに気が付いていない。世の中にある物質をすべて形と成分でとらえているようなその頭が一般人とずれていることを理解していないのではないか。

 その分、誰よりも純粋で綺麗な心臓が彼の中に居座っているのを感じる。
 そうか。そういうところが私が惹かれてしまう原因なのか。


「あの、それでこの六面体を私に?」
「正六面体」
「ごめんなさい。この正六面体を私にくれるんですか?」
 クロタキさんが頷く。こっちを振り返った。


 彼の頬が少し赤らんでいる。

「どうしてですか?」
「……贈りたいと思ったからだ」

 質問を繰り返そうとして口を閉じた。これ以上の答えは返ってきそうにない、私の望んでいる答えも彼の口からは出てこないだろう。

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