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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

 失われた時間を取り戻すように私は大きく息をした。

「私、黒滝さんが好きです」

 黒滝さんに抱きついていた腕を緩めようとしたら、急に黒滝さんが膝から崩れ落ちた。
 跪いて私の体を抱きしめる。


「戻ったのか」
「……はい」

 そう答えるだけで精一杯だった。もう、何も要らない。


「僕のほうが好きだ」
 その呟きを聞くのが嬉しくて私も体から力が抜けて水たまりの中に座り込んだ。
 顔をくっつくほど近くに寄せるとようやく黒滝さんの顔をしっかり見れた。

 泣いてる……。

 鼻を真っ赤にして涙を拭くこともせずに泣いてる。泣いてるのに、すごく笑ってる……。

「変な顔」
「それを聞くのは二度目だ」
「知ってます」
「なら、少し黙ってくれ」
 黒滝さんの唇が私の唇を塞いだ。


 こんな幸せが世の中に存在していたのかと驚く。
 雨やら涙やらで濡れた唇同士がただただ何度もくっつき合う。触れるだけでこんなに満たされる。
 時折、鼻から漏れる吐息が聞こえる。
 閉じていた目を開けると黒滝さんの長い睫の上に滴が乗っているのが見えた。綺麗。

 私が目を開けているのに気が付いたらしい。黒滝さんも目を開けた。
 急に現れた真っ黒な切れ長の瞳にさらに胸をぎゅうっと掴まれた。悔しがれないくらい綺麗な顔。

「これが、両想いか」
「これが両想いです」

 そんな言葉を交わしてから、どちらからともなく笑い声が起きる。

 しばらく笑い合っては、また唇を重ねた。

 弱まらない雨足がなんだっていうんだろう。今は肩にあたる大きな雨粒の水鉄砲だってなんだか可笑しくって幸せを形作る要素になってしまっている。
 本当に幸せになると自然と笑えるんだ。そう、初めて気付いた。

 黒滝さんの腕が私の背中に回って私をきつく抱きしめて、私も黒滝さんの背中に手を添わせ、必死で雨に濡れて肌にひっついたシャツを握りしめる。それが有害物質を含んだ雨に周囲を囲まれたビジネス街の大きな歩道の上でも幸せだ。

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