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月琴~つきのこと~

第2章 第一話【宵の月】 二

「どうぞお幸せに」
 おさよは深々と頭を下げた。
 それだけが恋しい男との道行きにゆこうとしている小文に向けられた唯一の餞だった。
 裏庭から外へ出る時、小文は一度だけ後ろを振り返った。ずっと見送ってくれているおさよと、その後ろに佇む巨大な桜の樹が見えた。暮色に沈み始めた風景の中で、桜の樹がひときわ大きくそそり立っているように見えた。花はまだ半分以上は咲き残っている。

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