近くて甘い
第50章 選択
化粧直しに恵美が席を立ったあと、要はまたぼんやりと空(くう)を眺めていた。
そして、ガシャンっ…と手前の方で慌ただしい音が聞こえてくると、ハッとして何の気なしにそちらを方を見た。
「行こう、ハルっ…」
聞き覚えのある声──…
驚いた男が、立ち上がって何やら話している。
目を細めてその様子をみていた要は、ちらりと加奈子の顔が見えた事に、表情を固めた。
まさか…
まさかこんなところに…田部さんが…?
信じ難い偶然に、身体も膠着して身動きが取れない。
「分かったってっ…そんな引っ張るなよ、かなっ…」
見知らぬ男の腕を強く掴んだ加奈子は、そのまま、逃げるようにしてカフェから出て行った。
もしや…あの男が…
「お待たせ…」
「……」
「要くん?」
完全に自分が帰ってきたことに気付かない要に、恵美は苦笑すると、軽く要の肩を押して微笑んだ。
「ん…あ…おかえりなさい…」
我に返った要は、心なしか早く波打っている自分の鼓動を感じていた。