近くて甘い
第50章 選択
「おいっ…かなっ…かなってばっ…!」
店から、ずっと強引に引っ張られていた春人は、何も言わないままの加奈子を逆に引っ張り返した。
その弾みに、キャッと悲鳴を上げた加奈子は、何もないところで躓くと、すかさず春人に抱えられた。
「なにしてんだよ…大丈夫か…?」
「…………だ…大丈夫」
顔を上げない加奈子に春人は溜め息をついた。
「どうしたんだよ…急に…」
「……どうもしない…
ただあのお店を早く出たかったの…」
「どうもしないことないだろ…?」
呆れた春人は、ようやく顔を上げた加奈子を見て、目を見開いた。
「本当っ…どうもしないんだってば…」
「かな…」
なら…
なんで…
「どうもしないなら…
なんで…
泣いてるんだよ」
春人の言葉に、ハッとした加奈子は、自身の頬を拭った。
温かく伝う涙が、拭った手を確かに濡らしていた。