
禁断兄妹
第61章 消せない傷
その講師はアルバイトの大学生だったこともあって
いつの間にか
塾からいなくなった
でもいじめは
収まらなかった
その様子は学年を越えて
灰谷さんの耳にも
入っていた
「優希は陰湿ないじめを受けていたはずですが、塾をやめることも、学校を休むこともありませんでした。
家で顔を合わせる優希は以前と何も変わらず、窮状を訴えることもなくて‥‥
私は息を殺していじめが終息するのを待っていましたが、秋になっても事態は変わりませんでした」
小さな兄弟以外
家族の誰も
優希さんの過酷な日常を知らなかった
大人達は
何も気づいていなかった
「いつしか私は優希と二人でいると、息苦しさを感じるようになりました。
何も言わない優希が、怖かった。
それ以上に‥‥知らぬ振りを通す自分が、恐ろしかった‥‥」
灰谷さんの声は熱を帯び
息が少しずつ
乱れていく。
「ある日‥‥私は学校で、優希がいじめられている現場に初めて遭遇しました。
下校時間でした。
誰かに放り投げられた優希の靴が、目の前に落ちてきたんです」
まるでその時のように
灰谷さんは
地面に視線を落とした。
「後ろにいた大勢の取り巻き達が、しんと静まりました。
動けない私に、優希が靴下のまま近づいてきて‥‥
私は‥‥
その靴を拾うことが、できませんでした」
うめくように言葉を吐き出した灰谷さんは
深く項垂れた頭を
両手で抱えた。
