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禁断兄妹

第86章 時を越え運ばれし手紙、それは運命の書



 夏巳は堕胎を望んで病院へ行ったはずだったが、いざ自分の処置の時間が近づくとガタガタと震え出し、泣き出して、動けなくなった。堕ろしたくない、嫌だ、小さな声が聞こえた。それで俺達は何もせず家に戻って来た。
 しかし夏巳はどうしても堕ろさなくてはいけないという強迫観念にとらわれていて、数日後俺達は再び病院へ行った。でも結果は同じだった。
 それを俺達は四度繰り返した。四度もだ。
 堕ろしたいのにどうしても堕ろせない、別れたい、死にたい、夏巳はもうボロボロになっていた。俺もボロボロだった。夏巳は何度も離婚届けを書いた。俺は何度も破った。
 
 四度目の夜、二人抱き合って泣いて、もういっそ海にでも身を投げようと思った。
 死を思ったら、心が安らかになるのを感じた。全てもうどうでもいいのだと思えた。
 もう最期なら、ほんの一かけら、ずっと俺の胸にありながらも口に出したことのなかった問いを、口にした。
 お腹の子供が、俺の子供じゃない可能性があるのか、だから堕ろしたいのか、と。
 
 夏巳も死を覚悟していたんだろう。素直に頷いた。
 あの日なのか、と俺は聞いた。俺が帰宅したら夏巳が心神喪失状態になっていた日のことだ。
 夏巳は頷いた。
 しかし相手の男のことは、どう聞いても頑として口にしなかった。 
 合意の上だったのか、という問い掛けにも、無理やりか、という問い掛けにも、答えてはくれなかった。
 答えたくないならそれでもいい。
 今の今まで、俺が聞くまで何も相談してくれなかったんだ。俺に対する信頼や愛情もそこまでだったと言うことだ。
 無力感に打ちのめされたが、それでも俺は、夏巳を愛していた。
 本当は産みたいのか、と聞くと、夏巳は頷く。ならば、と俺は決意した。 

 いいか、このお腹の子は俺の子だ、俺はそう信じている、だからお前も信じろ、俺は夏巳にそう言った。
 実際結婚してからあの日の前夜まで、避妊をせずに夜を営んでいた。お腹にいるのは俺の子供である可能性が高い、いやそうに決まっている、絶対にそうだ。
 俺を愛しているか、と聞いた。愛してる、と夏巳は答えた。愛しているなら信じろ、と俺は言った。頷いて、夏巳は泣き崩れた。そして、堕胎をめぐる俺達の戦いの日々は、終わった。
 
 

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