溺れる愛
第5章 階段
(気まずい…。)
あれからお互い一言も喋らずに帰路についていた。
少し先を歩く那津の背中をぼんやりと眺めながら
さっきのキスを思い出しては悶々とする。
(何だったの…さっきの…。どうせまた簡単とか言うんでしょ?)
心の中で問いかけても、当然那津に聞こえる訳もなく、
彼は何事も無かったかの様に歩き続ける。
(背…高いな…)
おそらく175以上はあるであろう長身に
スラッと伸びた細い脚。
シャツから覗く腕は逞しくて
いつも本を読んでるだけの人には見えない体系だ。
(髪の毛もサラサラで、なんか夕陽が反射してキラキラしてて綺麗)
こうして鑑賞用の対象にすると、那津は申し分のない人物だった。
すると、前を歩く那津が小さな低い声で話しかけてくる。
「おい。ジロジロ見んな変態」
『は!?変態って…!見てないから!』
慌てて視線を逸らすと、那津は飄々とそれに突っ込みを入れた。
「俺が振り返って見てた事にも気付かないほど見とれてた?」
『──っ!』
かぁっと顔が熱くなるのが自分でもわかる。
那津の顔は少しだけ意地悪な微笑。
『自意識過剰!!』
「はいはい」
また前を向いて歩く彼。
(何なのこの空気…しんどい…)
昼間とは打って変わって
穏やかな空気が2人には流れていた。
それが更に芽依を困惑させ、自身の気持ちの上げ下げに辟易とする。
全く考えの読めない那津に
気がつけばこうして振り回されている事が
今の芽依はまだ気づけないでいた。