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硝子の挿話

第22章 硝子越しの恋

 由南は決まってこの場所から彼女を見ている。初めて見つけた日から、いつか彼女が自分を見つけるまで。乗り込む駅に来ると窓に映る彼女を硝子越しに眺めるのが毎朝の日課になっていた。
 長い髪は柔らかな流れで揺れる。俯きがちに鞄を持ち、最寄り駅に到着するまでの短い至福。初めて見つけた日から、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしているのに、何の行動もできないで、ただこうして見ている。―――知り合う機会に、今だ恵まれないでいた。
 何度か動いてみたが、少女…千尋は頑なで姉妹の誘いに乗ってくれないのだ。

(さすがにくじけそうだ…)

 いつになれば、硝子の向こうに手が届く? 問い掛けは、心の闇に呑まれてしまう。いっそ手を伸ばして、言葉にしてしまおうか。
指先を伸ばし、映る彼女の腕に触れる。もちろん実際に触れてるのは、目の前にある窓。
これだけ近いのに、今日も言葉をかわさないまま―――少女は最寄り駅で降りてしまった。

「何やってんだぁ…俺は」

ため息を彼女の消えた窓に吐き出した。


おわり

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