
20年 あなたと歩いた時間
第2章 16歳
流星はもうそれ以上理由を聞かず、
何もなかったかのようにノートに
視線を落としたままだ。
でも私はいたたまれない気持ちになり、
今すぐにでもこの部屋を出て行きたかった。
「この前、本屋で紺野に会っただろ」
「…あ、うん」
ぱたん、と参考書を閉じて流星は
思いがけない人の名前を口にした。
忘れるはずがない、ふわふわの紺野さん。
「あの後、紺野に付き合ってほしいって言われた」
「付き合う…って、どこに?」
「違うよ。彼氏になってくれってことだよ」
彼氏。流星が、紺野さんの彼氏?
私は文字通り頭の中が真っ白になった。
多分、目も口も開いたまま、かなりの時間が
経っていたと思う。
流星が呼びかけているのはわかっているのに
言葉が出て来なかった。
「何て言ったの…?」
「考える、って言った」
流星が開けた炭酸飲料のペットボトルが
プシュ、っと音をたてた。
「…考えるの?」
「…考えてたら、どうする?」
質問を質問で返された。
こんな言い方を流星は滅多にしない。
聞いたことにはいつも真摯に
答えてくれるのに。どんなことも、
答えてくれるのに。
流星は怒ったような顔をしていた。
その真意をわかりかねて、
私はまた黙ってしまう。
「紺野さん、流星のことが好きなんだね」
「…そう言ってた」
「流星は?どうなの?」
聞きたくない。答えなくていい。
思わず目をかたく閉じてうつむいた。
蝉が。
その時、蝉の鳴き声が開け放した窓から
うるさいくらいに響いてきた。
まだ子どもだった頃、流星が教えてくれた。
雄蝉は、鳴くために地上に這い上がって
くるのだと。あと一週間の命と
わかっていて、苦しみもがきながら
羽化するのだと。
そんな残酷な話をしないでと、私は
泣きながら流星に言った。それでも流星は
続けた。
「地上には幸せがあると思ってるのは、人間だけなんだよ」と。
なぜか、涙があふれた。
あの時の話を思い出したからなのか、
それとも、聞きたくないのに
聞いてしまった自分を腹立たしいと
思っているのか、わからなかった。
「のぞみ」
流星は、
蝉が鳴き止むのを待っていたかのように
私の名前を呼んだ。
「紺野に、付き合うって言おうと思ってる」
静かになった部屋で、私の目を見て
確かにそう言った。
流星は、質問にちゃんと答えてくれた。
何もなかったかのようにノートに
視線を落としたままだ。
でも私はいたたまれない気持ちになり、
今すぐにでもこの部屋を出て行きたかった。
「この前、本屋で紺野に会っただろ」
「…あ、うん」
ぱたん、と参考書を閉じて流星は
思いがけない人の名前を口にした。
忘れるはずがない、ふわふわの紺野さん。
「あの後、紺野に付き合ってほしいって言われた」
「付き合う…って、どこに?」
「違うよ。彼氏になってくれってことだよ」
彼氏。流星が、紺野さんの彼氏?
私は文字通り頭の中が真っ白になった。
多分、目も口も開いたまま、かなりの時間が
経っていたと思う。
流星が呼びかけているのはわかっているのに
言葉が出て来なかった。
「何て言ったの…?」
「考える、って言った」
流星が開けた炭酸飲料のペットボトルが
プシュ、っと音をたてた。
「…考えるの?」
「…考えてたら、どうする?」
質問を質問で返された。
こんな言い方を流星は滅多にしない。
聞いたことにはいつも真摯に
答えてくれるのに。どんなことも、
答えてくれるのに。
流星は怒ったような顔をしていた。
その真意をわかりかねて、
私はまた黙ってしまう。
「紺野さん、流星のことが好きなんだね」
「…そう言ってた」
「流星は?どうなの?」
聞きたくない。答えなくていい。
思わず目をかたく閉じてうつむいた。
蝉が。
その時、蝉の鳴き声が開け放した窓から
うるさいくらいに響いてきた。
まだ子どもだった頃、流星が教えてくれた。
雄蝉は、鳴くために地上に這い上がって
くるのだと。あと一週間の命と
わかっていて、苦しみもがきながら
羽化するのだと。
そんな残酷な話をしないでと、私は
泣きながら流星に言った。それでも流星は
続けた。
「地上には幸せがあると思ってるのは、人間だけなんだよ」と。
なぜか、涙があふれた。
あの時の話を思い出したからなのか、
それとも、聞きたくないのに
聞いてしまった自分を腹立たしいと
思っているのか、わからなかった。
「のぞみ」
流星は、
蝉が鳴き止むのを待っていたかのように
私の名前を呼んだ。
「紺野に、付き合うって言おうと思ってる」
静かになった部屋で、私の目を見て
確かにそう言った。
流星は、質問にちゃんと答えてくれた。
