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20年 あなたと歩いた時間

第5章 20歳

「試験、うまくいかなかったの?」
「いや」
「じゃあどうしたの?」
「何もないって」
「だって朝は元気だったじゃん」
「…ほっといてくれよ」
「え?」
「ほっとけよ!何で一から十まで話さなきゃならないんだよ。そうやって何でもかんでも根掘り葉掘り聞こうとするな。…のぞみのそういうところ、ちょっと重い」
「…それだけ?嫌なところ」
「…え?」
「それだけかって聞いてるの。他に言いたいことない?」
「…先に帰れ。おれ、頭冷やすわ」

質問には答えてくれなかった。
重症だ。
流星はバッグを肩に掛け直して、
家とは逆の方向に歩き始めた。
私は、追いかけもしなければ
止めもしなかった。
少し、疲れていた。
別々に暮らしていれば会えないことが
ストレスになり、一緒に暮らせば
それぞれがクールダウンする場所が
なくなる。
今までとは、全く違う環境が
二人の気持ちまで変えようとする。
去年は生活に慣れることで精一杯だった。
二年生になってからは、
単純に忙しすぎて心に余裕がなくなった。
少しだけあった隙間は、
近い将来訪れる国家試験合格という
失敗の許されない目標で
埋められてしまった。
流星がここまで忙しいのは、
学費を捻出するためにしているバイトが
原因だった。
国立大でも医学部は何かと費用がかかる。
医学書一冊にしても、びっくりするような
値段なのだ。
勉強時間も睡眠時間も削っているので
本末転倒もいいところだ。
だからと言ってギリギリの成績では
いたくないのが、流星の意地なのだ。
でも、私は流星のために何もできない。
できることがないのだ。
塾通いをする流星に、お弁当を作っていた
高校生の私は、単なる自己満足だったのだ。
雨が降ってきた。
雨を避けることすら面倒に感じるほど、
疲れていた。
流星は朝になっても帰ってこなかった。
そのまま学校に行くつもりだろう。
私は、かたい床の上でいつの間にか
眠っていた。カーテンを開けると、
昨夜から降り続いているのか、
また降りだしたのかわからない雨が、
ガラスを叩いていた。

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