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エスキス アムール

第24章 逃亡日記






「俺さ、………ほんとはさ、
覚えてるんだ。」


急に


ポツリ

話はじめた俺に
ビールを飲もうとしていた彼は
その手を止めてこちらを見た。


「………なにを…?」



どうして彼に話そうと思ったのか
自分でもわからない。

要にも話したことが無いことだった。



「あの人が…
あの人が、俺を捨てたときのこと…」


ずっと言えなかった。

小さい頃から
その記憶は断片的に

写真のように残っていて。


ふとしたときに、
それを思い出す。

それは決して
良いものではない。


あの人の泣き声、
あの人の香り
あの人が俺から離れる瞬間、

去って行く足音。



小さいときは
その記憶が何なのか、
さっぱりわかっていなかった。

だけど、
中学に入って、
要のお母さんと会ったとき、

気が付く。





これだ。


この感じだ。




あの記憶の

あの人は、きっと、



俺の母親だったんだって。




母親のことで覚えているのは


捨てられたその瞬間の
そこだけだった。






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