エスキス アムール
第3章 めぐり合わせ
観月さんが出ていくと、
大野さんがトイレに入ってきた。
「…助けていただいて、
ありがとうございました。」
そう言って、腰を軽く下げる。
「え…助けたなんて…何の事?」
「北山社長が心配していたなんて、
嘘ですよね?
態々、見にきてくださったのでは
ありませんか?」
「い、いや、北山社長が…」
「北山さんはそんな心配は、
なさらない方です。」
そう言ってまっすぐ見つめると、
「まいったな…
お見通しだね、全部。」
そう言って大野さんは笑った。
「大丈夫…?
何も、されなかった…? 」
「はい。大丈夫です。
…慣れていますので…。」
その言葉に、
大野さんの眉がピクリと動く。
「あ、あのさ…。」
「はい。」
彼はそう言った切り、
目を泳がせて、黙ってしまった。
「……ここのお店の事ですか?」
見兼ねて、
此方から助け舟を出す。
「…本当に、君が、
その、そういう事を…?」
セックスとか性行為だとか、
直接的な言葉を出さない大野さんに
可笑しくなって笑った。
「そうですよ。
ここは、そういう場所です。
接待だけで利用される方も
いらっしゃいますけど。」
「お客さんの基準は…?」
「お金を出されたら、
断わる事はできません。
先ほどみたいに
ルールは守っていただかないと、
お断りする事もありますけど。」
淡々と、平然と答える。
そんな私を見て、
何でそんな事をしているんだ
とでも言うような顔で
大野さんは見つめてきた。
「…軽蔑、しましたか?」
そんな彼に、冷たく言葉を投げかける。
「軽蔑?まさか!
ただ…ちょっと驚いてね。」
さっきの嘘の様子から見ても、
今の言葉に
偽りはないようだった。
この人はきっと
偏見を持ったり、
人を見下したりしない。
良い人なんだろうな。
と言うのが私の彼に対する第一印象だった。