エスキス アムール
第37章 彼を想ふ
彼が追いかけてこないように。
そう、自分で仕向けたことなのに。
彼がもしかしたら追いかけて来てくれるのではと、
ありもしない期待をしてしまう時があった。
彼は私がニューヨークにいることすら知らない。
ニューヨークに行くつもりだと話す前に、あんなことになってしまったから。
それでも時々、
人混みの中に、彼を見る。
居るはずがないのに、
似たような人をみると、彼かもしれないと追ってしまう。
ニューヨークに来てしばらくした頃、
新聞に、小さく記事が載った。
観月製薬は立て直しのために
観月元社長によって解雇された大野波留を社長代理に迎えると。
その記事を見たとき、
彼がまた仕事につけた事が嬉しかった。
彼が仕事の事を話すときはいつもとても楽しそうだった。
仕事が好きな人なのはわかっていた。
それを奪われるという事は彼にとって地獄だっただろう。
彼を迎え入れると、
何とか会社は持ち直したようで。
その記事を見たとき、やはり彼はすごい人だったのだなと、その記事を呆然と眺めた。
そして、会社が立ち直ると
彼は社長を辞めたと書いてあった。
どうして辞めたのか。
ニューヨークの新聞から小さくしか書かれておらず、詳細はわからなかった。
これで、彼の所在も全くわからない。
きっと、あの家も引き払ってしまっただろう。
もう、本当に会うこともないのだなと思うと
涙がこぼれて止まらなかった。
自分が蒔いた種なのに。