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凍夜

第5章 渇望


「ねぇリナさん、お腹すいてませんか?」

川原がネクタイを緩めながら振り向いた。


私は、雪で濡れた川原のジャケットをハンガーにかけながら、うふふと笑ってみせた。

「とってもゴージャスなお部屋ね、なんだか気をつかわせちゃったみたいで申し訳ない気分で……。」

「またまたー。代表取締役なんだから日常でしょう?」

「そんなことないですよ。」

私は、普通の女の顔をする。

シティホテルのスイートルーム。

数人が座れるガラスの細長いテーブルにバラのアロマキャンドルが無造作に置かれ天井からはシャンデリアのまばゆい光。
二人では、淋しく、広すぎるゲストルーム。
ベッドルームは奥にある。

私は何度かこの部屋を利用したことがあった。

川原のような男もこのようなロケーションはごくありふれた日常にちがいない。

「何を飲む?一緒に美味しいワインはどうかな?」

そう言って川原はカフスボタンを外してテーブルの上に置いた。ブルガリだった。

時計はごく自然にロレックスを着けていた。

それが嫌みなく川原という男を象徴していた。

「嬉しい!飲みたい♪」

私は少しはしゃぐように答えた。

「OK!それじゃ適当にオードブルも頼んでみるよ。」

「ありがとう♪」

川原がルームテレホンを片手に背中を向けた。

川原の背中が思ったより広かった。

その背中は人生の勝利者を思わせた。

先程の暗いかげりとは対極的な姿に私は思わず戸惑った。

《いや、気のせいなはずはない。》

私は自分に言い聞かせた。
私はまだ目は、狂っていないはずだ。

私は先程、確かに川原の心の中を流れる暗いせせらぎを耳にした。


だから、その為に今私がここにいるはずだ。

川原の心根は……?



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