ネムリヒメ.
第26章 夜明け.
それだけ必死で無我夢中だった…
誰もが、彼女のことでいっぱいいっぱいだったのだ
「千隼…」
雅は汚れたシャツを脱ぐわけでもなく、濡れた靴を脱ぎ捨てるわけでもなく、そのまま一直線に彼女が横たわるベッドの縁に静かに腰を下ろした
拘束は解かれたものの、金属で擦りむけ血が滲み、痣にもなった手首が相当痛々しい
目元に光る涙の跡
まだ苦しそうな息遣い
時折鼓膜を掠める甘い声が耳に痛い
染み付いた郁の匂いに、ヤツの腕のなかでよがり乱れていた彼女の残像が目に浮かぶ
「ッ…!!」
彼女へ伸ばした手を止め、一瞬思いとどまる雅…
今すぐ抱き起こしてキツく腕のなかへ閉じ込めてしまいたい衝動にかられる
しかし、苦いものが胸のなかから込み上げて、思わず唇を噛み締めた
─触れたら壊れて消えてしまいそうだった…
今の身勝手な、暴れる感情をぶつけたら、きっと砕けてもとには戻れなくなってしまいそうで…
雅は溢れ返りそうになる感情を蓋をするかのように一旦のみ込みんだ
そして躊躇いながらも、繊細なガラス細工にでも触れるかように、赤く紅潮したままの頬を人差指の裏でそっとなぞる
「千隼…」
静かに、そっと…
儚い泡のような、その名を口にする
すると、ゆっくりと瞼が押し上げられ、僅かに開かれた瞳に自分の姿が映り込む
しかしそれはまだどこか虚ろで、艶っぽい熱を残した濡れたオンナの瞳だった