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桜並木を見おろして【ARS・O】

第10章 アトリエ

大野さんに会わなくなって寂しくないと言えば嘘になる。

でも、ほぼ毎週会っていたこの数ヵ月が夢のような時間で。

今は、日常に戻っただけだ。

研究所からは遠いから、もともと大野さんは店にはあまり来なかった。

用事がなければ、お互い連絡もしない。

私からは電話したことも、会いに行ったこともないけど。

でも、もし必要があれば連絡先は知っているし、研究所に行けば会える。

私はそれで充分だった。

実は夜食を届けようとおにぎりを握ったことがあった。

日曜日の夜、研究所までおにぎりを持って行ったのだけど。

道路からアトリエの電気が点いているのを見て、そのまま引き返してきた。

大野さんは今、きっと深い海の目をして筆を運んでいる。

その集中を切らしたくなかった。

それからは、もうアトリエをのぞきに行くことはしなかった。

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