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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに

放課後になっても甲斐は戻ってこなかった。
鞄が、机に掛けられたままだ。今日は水曜日で
野球部の練習は休みだ。

「千咲、帰らないの?」
「うん…甲斐、待ってみる。美帆、先に帰ってて」
「そう?…じゃあね」

甲斐。
どこにいるんだろう。私は、初めて見た甲斐のホームランを思い出していた。あの時の、
自信に満ちた笑顔。
プライド。
そうか。プライドが許さないんだ。野手に転向させられたことも、自分のエラーで負けたことも。
その時、教室のドアがガラッと開いた。
甲斐だった。

「甲斐っ!どこ行ってたの」
「…千咲、何やってんの」

声だけ笑って、甲斐が言った。

「待ってたんだよ」

誰もいない夕暮れの教室は、甲斐の背中から光が当たって、見えない。

「ごめん」

甲斐は私の席の前に座った。

「千咲」
「…ん?」
「…いると思った」
「え?」
「教室入ったら、千咲がいるといいなと思った」

また。勘違いさせるようなことを言わないで。
私は、簡単に誤解するから。

「甲斐はずるいね」

私は、自分の鞄を持って立ち上がった。

「…ずるいよ。おれ、めっちゃずるいんだよ」

机に伏せたまま、顔を上げずに言う甲斐の声がこもって聞こえる。
わかっているのだろうか。私が言っている意味を。

「もうバッテリー解消したんだから、いいよな…?」

顔を上げ、私の目を見て言うけれど、どういう意味なのかわからない。

「…千咲。おれ、千咲のこと、本当は…」

甲斐は切れぎれに、つぶやくように言い、その姿はとても弱々しく見えた。
その時、ドアが開くとともに、聞きなれた低い声が、静かな教室に響き渡った。

「広明っ!おまえ、何してた?!授業さぼって、どこ行ってた?!」

大股でこちらに近づいてきて、今にも甲斐に殴りかかりそうな勢いで。

「あれは、おまえのせいじゃないって!確かに、あれで流れは変わったけど…」
「…んだよ。エラソーに。塔也は試合、出てないだろ」

甲斐は吐き捨てるように言った。

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