彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~
第2章 友達でいたかった
この市高野球部で、暴行事件があった。
被害者は、いま休部中の2年生だが表向きは
病気療養中ということになっていた。
そしてもう一人の被害者は、他校の野球部員。
加害者は3年生で、昨年夏の大会ではレギュラーで出場した先輩だった。先月、理由は明かさず突然退部していた。
「だからって何で…6ヶ月って…今日から6ヶ月だったら、先輩たちこれで終わりじゃないっすか!」
全員が同じことを思っていた。あちこちから
すすり泣く声が聞こえた。広明は隣で震えていた。俊足を買われて、センターでレギュラー入りが決まっていた。
これだけ部員がいれば、小競り合いや意見の食い違いから、ちょっとした喧嘩に発展することは珍しくない。同じ野球部員同士の暴行なら、隠し通せたかもしれない。しかし、もうひとりの被害者が甲子園常連校の部員であり、学校に報告をしたからには、市高も高野連への連絡をしないわけにはいかなかったのだろう。
「塔也、知ってたのか?」
「…うん」
「んだよ。言えよ」
広明は、ベンチに座って頭を抱えた。
球速150キロでバッティング練習をしていた。近距離バッティングも、誰よりも本数をこなした。広明のその選球眼には皆一目置いていた。無理な球には絶対に手を出さない。試合では主軸のバッターになりつつあった。
それを見せつける初めての大舞台が、なくなったのだ。
僕は自分のことよりも、広明のほうが気になった。一緒に野球をするようになって7年。広明のことはよくわかっているつもりだ。広明は先輩の野球が終わったことではなく、今年甲子園に行くチャンスがなくなったことが悔しくてならないのだ。
でも、それは2年生全員の正直な気持ちだ。僕もそうだ。
そんなに、心は美しくない。
まわりのやつらより、どれだけ練習するか、どれだけうまくなるか、そしてどうやってレギュラーを勝ち取るか。
勝ち取った者がやっと、チームとしての結束を生み出す。そしてあの土を踏む。
やっと、そこまで来たのに。
誰も練習する気配はなかった。突然高校野球の終わりを告げられた先輩達はもちろん、2年生の僕らも、まだ入学式すら済ませていない新1年生の入部予定者も、みんな動けずにいた。
「…ミーティング!」
寺嶋先輩がやっとの思いで声をあげた。まばらに、はい、という返事が聞こえた。