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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第2章 友達でいたかった

「切り替えるしかない。3年生は受験勉強に打ち込むこと。1、2年生はトレーニングを徹底すること。3年の引退時期は個々の判断に任せる。…それしか、ないよな。残念だけど、前を見るしかないから。同じ過ちは二度とするな。こんな…こんなバカなことって、ないだろ?…」

キャプテンの悔しさは痛いほど伝わってきた。でもチームである以上、 ひとりでも不祥事を起こせば連帯責任を負わざるを得ない。
今日はとりあえず解散になった。帰ろうとすると、がらんとした自転車置き場に広明がいた。

「塔也」
「ん?」
「来年、絶対行こうな。甲子園」
「もう、気持ち切り替えたのか。らしいっちゃ、らしいな」

自分のエラーは引きずりまくるくせに、それよりチームのピンチは何ともないのか。…相変わらず自己中。

「…広明とバッテリーなら、行く」
「え?」

確かに、広明の足の速さはキャッチャーにしておくのはもったいない。でも、それとおなじくらい、誰よりも打者の心理を見抜く力とずば抜けた遠投は、センターでは生かしきれない。キャッチャーが、広明の能力を最大限に引き出すことのできるポジションだった。
でも、性格的に正捕手としてチームをリードできるかと言えば疑問だ。広明は自分がどうなれば捕手にコンバートされるか、わかっていない。
正直、今の正捕手を僕は心底信頼していない。だから時々自分の判断で投げる。そうすると、打者は打てない球を振ってくるのだ。
僕は自分の投手としての実力に自信がある。でもそれは、広明が出すサイン通り投げればもっと防御率が上がる。絶対だ。いま、僕は「広明ならこう指示するかも」と考えながら、不安の中で投げている。

「キャッチャーに戻ってくれ。頼む」
「…それは、おれが決めることじゃないよ」
「おれ、おまえと組んで甲子園行きたい。広明じゃないと、ダメだ」

広明と話していると、何でも出来そうな気になってくる。10歳だった僕は絶望から救われた。広明だってそうだ。僕をピッチャーにして、一緒に市高に来た。甲子園も、目の前にあった。

「…夢だもんな、おれと塔也の。バッテリーじゃなきゃ意味ないよな」
「な。絶対行こう」

微かに広明が笑った。ひさしぶりに笑顔を見た。
まだショックが残るけれど、広明はもう次を見ている。
頭上から、咲き始めの桜が控えめに僕らを見ていた。

僕らには、まだチャンスがある。

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