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百円玉

第1章 百円玉[1章完結]

春寒の候、
延延と走り続ける
まるで素っ気のない市内電車に、
どこにでもいそうな
普通のカップルが乗車した。
女の表情は暗かった。
男は女を励ますように、
優しく彼女の手を握っていた。
沈黙が続いた。
暫くして口を開いたのは、
やはり男の方である。
「お前、まさかもうすぐしたら
ここにいられなくなる
ってわけじゃねえだろうな」
彼女の目をしっかりと見つめる
男とは対照的に、
女はただ目を落とし、
ううん、と首を振った。
男は少し安堵の表情を浮かべた。
と同時に、
彼女に背を向け、
ひとつ大きく深呼吸した。
潤んだ目を拭った。
重い口をゆっくり開いた。
「…俺の計画が成功すれば、
なんとでもなるから」
彼なりの最善の励ましだった。
それでもなお、
彼女は俯くままである。
相変わらず素っ気のない市内電車は、
冴えないカップルを目的地まで運んだ。
男は女に百円玉を2枚手渡し、
その手を強く、
握りしめた。
閑静とする車内に、
硬貨が互いに喧嘩し合う音だけが、
微かに響いた。

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