甘く、苦く
第72章 櫻葉【チカヅキタイ】
どんどん開くその距離に、
俺は為す術もなく。
ただ、のうのうと日々を過ごすことしか
できなくて。
「翔ちゃ〜ん、俺先に帰るねっ」
…今日もだ。
最近どこに行ってるのか、
帰りが遅い。
そりゃあ、心配にもなる。
…男だから溜まるもんも
溜まるし。
「ね、雅紀… 」
楽屋のドアに手をかけようとしてる
雅紀に声をかければ。
「ん?なぁに?」
「…あの、」
言いかけて。
自分の声が震えてるのが
わかったから。
「あの、今日も…帰り遅い?」
「…あー、うん。
遅くなるかなぁ…?」
「そっ、かぁ…じゃあ、またね。」
「うん、またね〜」
…意気地無し。
いつも通りの笑顔を向けて、
雅紀の横を通り抜けようとした。
そのとき、
きゅっと腕を掴まれて。
「…翔ちゃんのこと、
ちゃんと好きだよ…」
って、
変わらない笑みを見せた。
「…うん、俺もだよ」
「ん…。」
───…ちゅ、
静かな部屋にリップ音が響いた。
やわらかくて、しっとりとした唇が
ゆっくりと離れていく。
肩にかかる重みも消えた。
「翔ちゃんのこと、
ちゃんと好きだからね…安心して、」
「うん、わかってる…」
俺の勘違い、だよな…?