
甘く、苦く
第81章 お山【Now I'm ready.】
まだキスの温もりが唇に残る。
鬱陶しいほど鳴る心音は、
どうにも止まらない。
「櫻井さんおはようございます。」
「おはようございます。」
局の人たちに挨拶を交わし、
仕事モードに切り替えようとする。
だけど…
“智くんに会いたい”
って気持ちが強くて、
まともに挨拶ができない。
挨拶は自分から、なんて
小学生レベルのことさえも
できないくらいだ。
…どうしようか。
意識し始めたら、
本当に会いたくなってきた。
せめて、声だけでも…。
『ーもしもし、翔くん?』
何ら変わらない声音。
“どうしたのぉ?”
なんておっとりとした口調。
「…うん、なんか…
智くんに、さ、会いたくなった… 」
『っ…ほんと?嬉しいなぁ。』
こうやって、思ってることを
素直に伝えてくれる智くんが
俺は大好きだ。
こういう風に、
撮影前に電話なんて滅多になかった。
「…あのさ、
もし、時間平気ならなんだけどー…
外、出てこれない?」
『え?なんで?』
「…会いたいから。理由はそれだけ。」
『…ふふ、いいよ。
じゃあ局内のカフェで待ってるね。』
嬉しそうな声。
少し、高めになった。
「うん、なるべく早く行くからね。」
『んふふ、待ってる。』
…あ、やべぇ。
めっちゃ会いてぇな。
