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甘く、苦く

第86章 お山【レオナルド・ダ・ヴィンチ】


櫻井side


連日冷え込んでいる。

マフラーをぐるぐると
首に巻き付けて、
ブレザーのポケットに手を突っ込む。

はー、と吐く息は白く、
真っ暗な空へと吸い込まれていく。


「さみぃ…」


こんな、寒い夜には。

俺は必ず、
アイツのことを思い出すんだ。


・・・





出会いは、一年前の昼休みだった。

鬱陶しいクラスの連中と
つるみたくなくて逃げ出した教室。

購買で適当に買った菓子パンが入った
ビニール袋をぶら下げて、
あてもなくフラフラと校舎をさ迷っていた。

…なぜだか、心惹かれるものがあった。


選択科目の関係で、俺は使わない美術室。

昼時だって言うのに、
誰かがいるのか、
電気がついている。

不思議に思って、
ドアの隙間を覗いた。


そこにいたのは、
制服を着崩した猫背の男。


「……だれ、」


その華奢な見かけとは裏腹な
鋭い声にびっくりした。

上靴の色からして、同学年だ。


「ご、ごめん…勝手に入って…
…それにしても、すごい大きな絵だね。」

「…だからなに?」


嫌そうに唇を尖らせて、
俺の方を見た。

その瞳に、吸い込まれた。
……カッコ、いい。

「…ちょっとだけ、いてもいい?」
「いいけど…なんにも面白くないよ」

そう言ってから彼は、
筆をとって一つ線を入れた。

色を重ね合わせることで
織り成すことが絶妙なバランス。

絵のことは全くわからないけれど、
なぜだか、

「すごい…」

と、一言。


「素人に何がわかる」
「だからなに?」

そんな言葉を投げられると思ったけれど。

目の前の彼は俺の言葉になんて
動じずに、何かを考えていた。

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