甘く、苦く
第86章 お山【レオナルド・ダ・ヴィンチ】
美術室の日当たりのいい場所で
ぐでーと伸びている翔ちゃん。
「んー?なにー?」
「…今度また、描いてあげる。」
「ん?」
「文化祭終わったら、
また美術室に来てね。」
「…おー」
嬉しそうに笑って、俺を手招きした。
翔ちゃんに近寄ると、
そっと手を取られて。
「手ぇ、綺麗だよな。」
ふふ、と楽しそうに笑って
俺の手で遊んでいる。
「…なにそれ。」
不機嫌そうなフリしてるけど、
実はすごいドキドキしてるから。
でも顔合わせたら、
赤くなってるのわかっちゃうもん。
ぷい、と逸らしてしまったんだ。
「…ふふ、可愛い。」
優しい声音が耳元で
聞こえたと思えば、
すぐそこに顔があるもんだから。
「うわぁっ、」
ずざざっと後ずさってしまった。
「うわー、露骨にそういうことされると
俺傷つくんだけどー」
冗談を言って翔ちゃんが
泣き真似している。
バカらしいなぁ、なんて思ったけど、
こんなしょうもない人を
俺は好きになってしまったわけだし。
膨れ上がったこの気持ちは
抑えることも出来ないし。
「…ばーか」
「ん?」
「翔ちゃんばか。」
「はぁ?」
「…でもそんなとこも好き…」
「……おう、」
甘酸っぱい空気が流れる。
ちょっと居心地悪いけど、
お互い体をくっつけて、
文化祭の様子を窓から見ていた。
何も喋らない空間が、
わりと気持ちよかった。
「…一緒に帰ろっか」
「うん、」
それ以上は、
お互い何も喋らず。
世界から隔離されたみたいに
静かな美術室で、ふたりきり。
幸せで満ち溢れたこの空間に、
これからもふたりきり。
絵に完成なんてないし。
俺たちの恋にも完成なんてないよね。
ー終わりー