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甘く、苦く

第89章 翔潤【純粋に】


櫻井side


行きたいところある?

そう聞かれても、
ぱっと答えられない。

考えさせて、と言えばよかったのに、
なぜ帰ろうなんて言ってしまったんだろう。

俺の手を掴むことなく、
数歩前を歩く潤。

後ろから見ても、
考え込んでいるんだろうとわかる。

だから、触れなかった。


「なあ」


玄関先で潤を呼び止めた。

目線を合わせることなく、
返事だけがした。

腑抜けた声だった。


「来週末は、どこにも行きたくない」


潤を独り占めしたい。

できれば、二人の世界で。


「…そっか、じゃあそうしよう」

「うん」


潤が理由を聞きたそうにしていたから、
その素振りに気付かないふりをして答えた。


「二人で、一日ゆっくり過ごしたいんだ。
映画でも観ながら」


コートを脱ぎながら、
さりげなく答えた。

潤の表情は敢えて見ない。


「そうだね。
そういう方が気分転換になるかも」


弾んだ声が頭上からして、
ほっとした。

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