(仮)執事物語
第9章 STEP×STEP〔※杜若〕
「ミー……。もっと……ギュッとして……」
唇を離した莉玖が、少し掠れた声で切なげに目を細めてそう言った。
初めて見る莉玖の色を含んだ表情に、あたしの心臓は壊れてしまうのではないかと思う程にドキドキと高鳴る。
莉玖から目が反らせない。
近付いて来る莉玖の唇に、あたしは目を閉じる。莉玖の吐息があたしの唇を掠めた時、試着室を揺るがす"ゴン"という鈍い音と衝撃に、ハッと我に返った。
外で何かが試着室の壁に当たったみたい。きっと近くに誰か居るんだ。
「莉玖っ! ダメっ。ここお店だよ?」
小声でそう訴え後ずさる。しかし、莉玖は、しれがどうしたと言わんばかりに、ジリジリとあたしに近付いて来る。
狭い試着室の中に逃げ場などはなく、あたしは簡単に隅に追い詰められてしまった。
莉玖の身体が覆い被さる様にあたしの前を塞ぎ、背には試着室の壁。そして両脇は彼の腕があたしを包囲している。
「ミーが悪い。俺を煽ったクセに……」
莉玖はあたしだけに聞こえる事で、そう呟くと先程よりも荒々しく、あたしの唇を塞いだ。
吐き出す吐息は、莉玖に飲み込まれ、逃げようとする舌が彼のそれに絡め取られる。
大勢の人が居る場所で、隠れてする初めてのキスに、あたしの身体の奥がキュッとなり、何かが溶けだすのを感じていた。