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(仮)執事物語

第9章 STEP×STEP〔※杜若〕


あたしは莉玖にしがみ付き、彼の口付けを懸命に受け止める。

心が蕩けて心拍数が上がり、呼吸が荒くなっていく。

もう、何も考えられない。

外の音も耳には入らない。

この世界には、まるで二人だけしか居ないみたいに感じられる。

あたしの耳に聞こえて来るのは、二人の荒い呼吸と溜息、唾液を絡ませ合う水音、唇を吸い上げる音。それだけ。

ここが試着室である事も忘れ、あたし達は夢中で唇を合わせ、舌を絡め合っていた。

どのくらい互いの唇を貪り合っていたんだろう。

"コンコン"と扉を叩く音と、店員さんの『お客様~、如何ですか?』と言う声に、現実に引き戻される。

「お客様~? 大丈夫ですかぁ? ご気分でも悪くなりましたかぁ?」

間延びした店員の声。

莉玖は天井を仰ぎ見ながら、ギュッとあたしを抱き締めると、一つ溜息を吐く。

そして、あたしの額に軽く口付けると、そっと腕を解いた。

再び叩かれた扉の音に、あたしは慌てて言葉を返すと、人の気配が遠ざかる。

それにあたし達は胸を撫で下ろし、お互いの顔を見てクスッと笑みを零した。

結局、そのお店では何も買わずに外に出ると、タイミング良く莉玖のスマートフォンが鳴る。

莉玖はポケットからそれを取り出しロックを外すと、画面を見て顔を顰めた。

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